キノコを食べると大きくなる~最古の記憶と物心~

「物心がつく」を人生で最古の記憶を保持している時期のことだとなんとなく考えてたけどこれであってるんだっけ?→検索

ものごころ【物心】 が 付(つ)く
世の中の物事がわかる年頃になる。幼年期を過ぎる。ものごころづく。
出典 精選版 日本国語大辞典

いいのか?いいか

 

私の物心がついた年齢はおそらく5歳で、理由は「自分は5歳である」「今は199X年だ」という意識を持っていた覚えがあるからだ。5歳からの記憶はところどころ覚えているが4歳以下の記憶は全く無いのは確かだ。

そしてその時の記憶で今でもはっきり覚えているのが親に「キノコを食べると背が伸びるの?」と質問したことだ。これはもちろんスーパーマリオから連想した疑問で、物心がつくかつかないかの時期からプレイしていたことになるだろう。記憶している限りでは初めて遊ぶゲームに操作がおぼつかず最初のクリボーで死ぬ、という記憶はなく、5歳の私にとってすでにマリオは馴染み深いものだったようだ。ちなみにキノコについての回答は「そうだね、いっぱい食べると大きくなれるよ」というようなものだった気がする。余談だが当時の私はファイアマリオを「おかあさんマリオ」と呼んでいたのを覚えている。ファイアマリオの白いカラーリングがエプロンを着ているように見えたためだろう。

私には5歳上の兄がいて、気がつけばファミコンスーパーファミコンがそこにあった。それで物心のつかない時からスーパーマリオを遊んでいたということなのだろう。他にもマリオ3はもちろん白いカセットのドラえもんロックマンやマリオワールドなど色々なアクションゲームをやったり兄がプレイするFFDQ等のRPGグラディウス等のSTG等を見ていたりなど様々なゲームを体験していた。この、上に兄・姉がいるか、親がゲーム好きかなどでゲームの経験に大きく差が出るのはよくあることだ。これも一種の文化資本といえるだろうか。

そして月日は過ぎてヨッシーアイランドが発売されるが、この頃になるとかなり意識ははっきりしていたように思う。コンピューターグラフィックスドローイングを推すCMも覚えているし、SELECT+XXYBAパンパパパパパパーンを発見して歓喜したのも覚えているし、画面手前に迫りくるビッグクッパに心臓が破裂しそうになりながらもなんとかクリアしおかあさん!クッパ倒した!と報告しに行ったのも覚えている。

大人になると小さい子供はほとんど制御不可能な動物のような印象を持ってしまうが、小さかろうと子供は子供なりにしっかりした自意識を持っているのだということを忘れてはいけないとこの頃の記憶を思い出すたびに考えるのだった。